健康経営

2018/10/18

【医師監修】従業員の睡眠の質向上のために企業ができる対策

一時期「睡眠負債」という言葉が話題になりましたが、企業においても従業員の睡眠不足や睡眠障害は、健康問題、生産性低下、(運輸系企業の場合)事故リスクなどを招く懸念があります。今回は従業員の睡眠の質の低下が及ぼす影響と対策、睡眠改善の重要性を紹介します。

睡眠不足、実はこれが日本全体の経済損失につながっていることをご存知でしょうか?昨年はテレビでも特集され、「睡眠負債」という言葉も話題になりました。このように、睡眠の重要性に注目が集まっています。睡眠不足は、従業員の健康リスクを引き起こし、企業の経営にも大きな影響を与えると言われています。
今回は従業員の睡眠の質の低下を早期に把握して、睡眠改善につなげることの重要性について紹介します。

睡眠改善はなぜ重要なのか?

睡眠の質の低下が招く経済損失

そもそも、なぜ睡眠が重要なのでしょうか。みなさんも、睡眠不足の翌日は仕事が捗らない経験をしたことがあるはずです。もし、これが積み重なると社会全体の損失はどれほどになるのでしょうか。

日本大学医学部の内山真教授(精神医学)の試算によると、不眠症や睡眠不足による経済損失は年間約3.5兆円となります
この試算は、ある化学メーカーの社員4078人のウェブアンケートの結果を分析したもの。結果としては、寝付きや睡眠障害を抱えている人は、問題ない人と比較して月に平均2回以上眠気に襲われることが増えるといいます。
また、眠気があるときの作業効率はおよそ40%低下することも明らかになっています。
10年以上経過した現在は、社会の状況も大きく変化して、睡眠不足がより顕著になっているという指摘もあります


アメリカの研究機関によれば、日本の睡眠不足を原因とした経済損失は、国民総生産(GDP)の2.92%にあたる1380億ドル、約15兆円に達しています。この割合は調査対象5か国(アメリカ、ドイツ、イギリス、カナダ)の中で最も高いものであり、睡眠不足は日本の社会に大きな損失をもたらしています。

睡眠の質の低下がプレゼンティーイズムにつながる

さらに、睡眠不足が与える影響が顕在化しづらいのも企業にとって大きな悩みの種です。
睡眠不足などにより見えない形で企業は「プレゼンティーイズム」の影響を受けているのです。

プレゼンティーイズムとは、従業員は会社には出社しているものの、生産性が著しく低い状態に陥っていることをいいます。
欠勤など目に見えて従業員に異変が生じている「アブセンティーイズム」と違い、プレゼンティーイズムは目に見えないため対処することが困難です。
そのため、プレゼンティーイズムは、その要因を把握して、継続的に対策を講じることが重要です。
たとえば、睡眠不足が原因のプレゼンティーイズムの場合、睡眠不足に陥る原因を特定して、それに対して企業でできる対策を講じることが求められます

※プレゼンティーイズムについて詳しくはこちら

睡眠の質の低下の原因とは?

睡眠障害や不眠症のサイン

それでは、実際に睡眠不足に陥るのはどのような要因があるのでしょうか。 それを掴むきっかけとして、睡眠不足や不眠症のサインを見逃さないことが重要です

たとえば、自ら自覚できる症状としては、不眠、過眠、就寝時の異常感覚(脚がむずむずしたり火照ったり、脚をじっとさせていられないなど)などの症状が挙げられます。
継続的にこれらの症状を発症する場合は、睡眠障害に陥っている可能性があります。その場合は、専門家に診てもらう必要があるでしょう。
また、いびきなど睡眠について人から指摘される症状もあるでしょう。
自分では自覚できないため、無呼吸、睡眠中の異常行動・異常運動など気づくことができませんが、第三者から指摘された場合は対策を講じた方が良いでしょう。
特に、睡眠時無呼吸症候群は睡眠時に呼吸が止まるという恐ろしい病気です。 医学的には、10秒以上の気道に空気が流れていないと無呼吸とみなし、1時間あたり5回以上発生すると睡眠時無呼吸の状態となります。 自覚することが難しいため、検査や治療を受けていない人が数多くいると言われています。 また、睡眠時無呼吸症候群により、知らないうちに日常生活に支障をきたしている場合もあります。

睡眠習慣が睡眠の質の低下に

睡眠習慣についても、見直す必要があるかもしれません。

温度湿度などの寝室環境は睡眠の質に影響を与えますので、快適な温度や湿度を保つことが大事です。
布団などの寝具の中の温度である寝床内温度は33℃前後が睡眠の質を低下させない快適な温度である言われています。
また湿度が高い状態では、覚醒が増加し深い睡眠の減少することが分かっています。

また、就寝前の飲酒の習慣があると、睡眠の質の低下につながります。 アルコールの鎮静作用で一時的に眠りに入りやすくなりますが、途中で目が覚める中途覚醒や早朝覚醒を起こしやすくなります。
就寝前のパソコンやスマートフォンの利用も睡眠の質を低下させる要因になると言われています。
LEDが発せられる光に覚醒作用があり、メラトニンの分泌を阻害する可能性が指摘されています。
寝る前にスマートフォンを使用している方は多いと思いますが、睡眠の質を上げるためには極力避けることをおすすめします。

現代は、24時間社会が活動を続けています。
深夜であってもスマートフォンで情報を取集したり、コンビニで買い物ができるため、生活が夜型になるなど不規則になりがちです。
そのため、体内時計が乱れてしまい、結果として睡眠の質の低下を招く恐れがあるのです。

睡眠改善されないことが招く様々なリスクとは?

睡眠の質の低下が招くリスク

ここでは、睡眠不足によるリスクについて紹介しましょう。
まず挙げられるのは、社会問題にもなっている「居眠り運転」です。
睡眠時無呼吸症候群を発症していると、居眠り運転の発生率が5倍になるという臨床精神医学会による調査結果が出ています。

運転中に本人も気づかないうちに居眠りしてしまうため、場合によっては大事故を招いてしまうこともあります。

たとえば、2012年に発生した関越自動車道のツアーバス事故は、バス会社の管理体制だけでなく、バス運転手が睡眠時無呼吸症候群を発症していたために発生した事故として注目を集めました。
運転中に居眠りしてバスを高速道路脇の壁に衝突させ、乗客7名が死亡、重傷者38名を出す大惨事になり、ニュースでも大きく取り上げられました。

この事故以外にも、2012年に首都高速道路で発生したトラックがワゴン車に衝突する事故など、運転手の睡眠時無呼吸症候群が原因と考えられる大事故はいくつも発生しています。

事故の発生は運転手だけでなく、企業の管理責任も問われてしまいます。個人ではなく、組織全体で対策すべき問題と言えるでしょう。

睡眠の質の低下が従業員の健康リスクにつながる

睡眠の質が低下すると健康リスクに影響が出るのではという指摘もあります。睡眠不足や睡眠障害によって、肥満や高血圧、糖尿病や脂質異常症を発症する可能性が高まり、ゆくゆくは心筋梗塞などの心血管疾患を引き起こす可能性もあるそうです。
たとえば、慢性睡眠不足の人は、そうでない人に比べ糖尿病になるリスクが1.5〜2倍※になると言われています。
※参照元:厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト

また、睡眠に課題を抱えている人は、精神面でもリスクを抱えているという説もあります。
たとえば、厚労省研究班の調査によると睡眠障害がある人は、通常より自殺する可能性が28倍高くなるとも言われています。
さらに、うつ病を発症する際の初期症状として不眠があるという主張もあります。
不眠になることで心身の疲労が蓄積して、うつ病を悪化させることにつながることもあるそうです。

睡眠改善に向けての意識の高まりと規制の進行

睡眠指針が科学的根拠をもとに改訂

睡眠が、私たちの心身に大きな影響を与える可能性が高いことはご理解いただけたかと思います。
睡眠への関心度が高まる中、睡眠の質を改善するための動きが日本社会で見られるようになっています。
その一つが、2014年に改訂された「睡眠指針」です。

厚生労働省がまとめているこの指針では、以下のとおり「睡眠の12箇条」を提示しており、睡眠がもたらす効用や睡眠に問題を抱えている場合は専門家に相談することを挙げています。

(以下、抜粋)

1.良い睡眠で、からだもこころも健康に。
2.適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
3.良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
4.睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
5.年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。
6.良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
7.若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
8.勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
9.熟年世代は朝晩メリハリ、ひるまに適度な運動で良い睡眠。
10.眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
11.いつもと違う睡眠には、要注意。
12.眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。

出典:厚生労働省 科学的根拠に基づく睡眠と疾患の関係や睡眠改善の指針

従業員の睡眠改善のための法改正

また、睡眠時無呼吸症候群など睡眠が問題で大事故が発生した運輸・旅行業界では法令改正の動きがあります。
平成30年6月には、バス・トラック・タクシー事業者が従業員の睡眠状態を確認することが義務化されており、事故の再発防止に努めるよう取り組みが進められています。

国土交通省自動車局では、自動車運送事業者に対して「デジタル式運行記録計及び映像記録型ドライブレコーダーの導入支援」及び「過労運転防止に資する機器導入のための支援」、「社内安全教育のための外部専門家によるコンサルティングを利用した場合の支援」を実施しています。

過労運転防止機器に対する補助金制度では、自動車運送事業者が機器を導入して運転者の過労運転を防止し、居眠り運転等を原因とする重大事故を防ぐことを支援するため、要件を満たす機器購入に対し、購入額の一部補助を実施しています。
f 休息時間における運転者の睡眠状態を測定するウェアラブル端末やソフトウェアなどが対象となっています。

このように、世の中では睡眠環境を向上させる取り組みが進められているのです。

睡眠改善を早期に進めることでリスクを回避する

睡眠改善は早期の発見と対策が重要

睡眠改善は、リスクを早期に発見して対策を打つことが重要です。
そのためにも、異変を感じたら早期に診療を受けることをおすすめします。
睡眠障害や不眠症は専門医のいる医療機関の受診・治療が必要です。インターネットなど情報だけに頼らず、困ったときは専門家に相談することを優先しましょう。

睡眠障害は疾患によって治療法が異なります。
専門医による睡眠障害や不眠などに対する適切なアドバイスや効果的な治療を受けることが大事です。
眠れないからといって睡眠薬治療ではなく、症状やサイン、診察や検査から、その原因となる疾患が適切に診断され、原因に応じた治療を受けることが重要です。

日々の睡眠状態を把握することも重要です。
睡眠日誌は、睡眠状態の把握に効果的であり、医師は治療の際にも睡眠日誌を睡眠の問題を診断する有用なツールとして活用します。
不眠など眠りについての悩みがあって受診する場合、事前に記録した睡眠日誌を持参すると、診察がスムーズに進みます。

睡眠改善をウェアラブルやアプリで管理

最近では、ウェアラブルデバイスやスマートフォンアプリで日々の睡眠状態を管理することもできるようになってきています。
企業としては、これらのツールを従業員に配布して、従業員の睡眠改善に取り組めるようになってきています。
ウェアラブルデバイスを身につけることで、就寝時の睡眠の深さや睡眠時間をはかることで自身の睡眠を可視化することが可能です。

たとえば、食品メーカー・日清食品ホールディングスでは、社内のイントラネットで睡眠の質を向上させる方法を周知したり、希望者に対して腕時計型のウェアラブルデバイスを配布した睡眠改善プロジェクトを実施しました。
日清食品グループの『六十年寝太郎プロジェクト』は、希望者およそ400名を対象として参加者全員でトータル60年分(531,000時間)の睡眠を取るというもので、2017年12月から2018年7月までに、目標合計時間を達成しました。

参加者の睡眠時間については、プロジェクトの開始時と終了時で、平均約30分増加。
プロジェクト開始直後と終了後のアンケートの比較で「睡眠改善で仕事のパフォーマンスが向上した」と回答した参加者が、約2倍に増加しました。

日清食品グループの事例紹介

企業が取るべき最適な対策とは

睡眠の質の低下が及ぼす影響やリスク、そしてその対策を見ながら睡眠改善の重要性をお伝えしました。
ここまで読み進めた方でしたら、睡眠が企業の生産性や安全管理にどのような影響を与えるかよくご理解いただけたのではないでしょうか。

睡眠不足が企業や従業員に与えるリスクは大きいです。従業員に睡眠の重要性を理解してもらい、睡眠改善をめざしてもらうことと同時に、企業も積極的に介入して、従業員の睡眠改善に取り組むことが必要かもしれません。
これにより、企業と従業員双方に良い結果をもたらすのではないでしょうか。

この記事の監修

工藤 孝文

日本内科学会、日本糖尿病学会、日本東洋医学会、日本高血圧学会、日本甲状腺学会、小児慢性疾病指医

福岡県みやま市出身。福岡大学医学部卒業後、アイルランド、オーストラリアへ留学、帰国後、大学病院で糖尿病、肥満症などの生活習慣病を専門に修業、現在は、自身のクリニック工藤内科で診療を行う。2017年よりスマホ診療を導入し全国規模でダイエット治療・漢方治療を行っている。
テレビ番組の出演・医療監修、書籍、雑誌やヘルスケア情報サイトの監修など、メディア活動多数。

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